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『SHAFT TEN POP UP STORE in OIOI ―ひだまりに集まろう!―』レポート、あるいは尾石達也のレイアウトについて

会場写真 mochimizさん(@mochimiz09982

昨年11月に新宿マルイにてひそかにシャフトテンの展示会がやっていましたので、ファンの義務(『俗・さよなら絶望先生』3話)として初日に行ってきました!その感想をブログの下書きに途中まで書いて放置したまま2ヶ月が過ぎてしまったのですが、永遠に書き終わらないのでこのまま公開します。途中で力尽きていますが、お許しください……。

展示としては小規模なものだったのですが、実は『ひだまりスケッチ』ファン的にも、シャフトオタク的にもかなり必見のイベントでした。新房監督が変名で描いていた1期10話とSP後編(展示では「特別編」とのみキャプションが添えられていましたが、これは誤解を招く表現です)の絵コンテをあえて2本もピックアップする熱いセレクションもさることながら(展示ではなぜかキャプションがありませんでしたが12話の絵コンテも置いてありました)、やはり何と言っても見所は尾石さん直筆のプロップ設定とレイアウトでした。

特に面白かったのは「定番レイアウト」で、『ひだまり』の各登場人物の部屋の内装と、ひだまり荘の外観に関する美術設定が一部載っていました。そもそも「定番レイアウト」とは何かというと、『ひだまり』のアニメを作るにあたって最初に新房監督が「定点カメラでのぞいている感じになるよう、場所毎に限定した角度でしか画面を作らないようにしたい」と美術設定の方針を定めたものです(これ自体日常系アニメの窃視症的描写の最たる例だと思います)。アニメを観たことがある人であればピンとくるかとは思いますが、こういう画面のことです。

ひだまりスケッチ×3653話「5月27日 狛モンスター」

新房監督は脚本の構成にしても映像の見せ方にしても定番のフォーマットをかっちりと決めるタイプの監督でして、『ひだまり』でもやはりそうした方針があったのだと思います。こうしたオーダーを受けて尾石さんが各部屋のレイアウトやインテリアをデザインしたので、部屋の内装は尾石さんのセンスが全開になっています。今回の展示ではそのベースとなる美術設定がいくつか展示されていました(余談ですが、会場では定番レイアウトについての説明が一切無く「ファンなら言わずとも分かるでしょう」という強気の姿勢をシャフトテンからは感じました)。

展示は写真撮影が禁止でしたので、尾石さんのレイアウトを直接お見せできないのが残念ではあるのですが、例えば直筆の美術設定には何をセル(作画)で描き、何をBG(背景美術)描きにするのかという細かい指定と、また『ひだまり』特有の実写の張り込み指示などがありました。

ひだまりスケッチ×365』2話「2月6日 サクラサクラ」

例えばヒロさんの部屋の美術について。一見して明らかですが、キャラクターとコタツはセル、ベッドはBOOK、キャビネットやカーテンなどはBG、奥に見える小物類やテレビ・ビデオデッキ・ミニコンポは実写、また壁に飾られている絵はピカソの張り込みです。さらにキャビネットに掛けてあるテーブルクロスも張り込みのようで指示がありました。

そしてあらためて定番レイアウトを見ていてひとつ気が付いたのは、展示会では「『ひだまりスケッチ×365』定番レイアウト」と説明があったのですが、実際に展示されていた多くの資料は1期の頃のものでした。もちろん2期は1期の設定を部分的に流用していたり、2期から新規に描き起こしたレイアウトもあったりしたので、表記が間違っていると言いたいわけではありません。ここで指摘しておきたいのは、実は設定資料自体は『ひだまりスケッチ×ハニカム ぷろだくしょんのーと』に収録されていて、読んだことがある人なら覚えているかもしれませんが、それと比較すると今回展示されていた一部の資料が尾石さんの直筆かつ最初期のものであると分かるという点です。

ひだまりスケッチ×ハニカム ぷろだくしょんのーと』に収録されているのは、シリーズの後半で使用していた設定資料集ですので、今回の展示資料とはいくつか変更になっている箇所があります。一例を挙げると、ヒロさんの部屋の玄関から映したレイアウトがあります。個人的に注目したのは展示資料では冷蔵庫やコンロなどがセル描き指定されていた点です。設定資料集ではすべてBG描きと指示があったので、これは初期のものであると確信しました。

上『ひだまりスケッチ』1話「1月11日 冬のコラージュ」
下『ひだまりスケッチ×365』5話「3月25日 おめちか」

実際に映像を見比べてみると、レイアウトが若干異なるということも言えますが、1期の頃と2期ではセルの処理の仕方に変化が見て取れます。ちなみにキッチンの奥に見える調味料、コンロの上のやかん、冷蔵庫に貼ってある写真はすべて実写素材です。

尾石さんは「物の硬さ」や「硬い線」をきちんと硬く見せるために、段々と実写表現を取り入れていくわけですが(近年ではある種の無機質な硬さとしてCGを用いていて、『傷物語』ではついに人間の死体までもCGで描いたことを思い出します)、そうしたフォーマットの変遷が具体的に見て取れるかと思います。逆に尾石さんが制作から抜けた4期以降は実写の張り込みががくっと減る傾向にあるので、それもまた興味深いところです。

こうした例は細部のマイナーチェンジではありますが、映像を丁寧に観るときにはとても大事な視点かと思います。特にセルやBGの違いやその処理の仕方は画面の見た目を決定する重要な要因です。『ひだまり』は長期シリーズで、シーズンごとに表現に変化を加えていたりするので、気にして観てみると常に新しい発見があるのが面白いところでもあります。

なお『ぷろだくしょんのーと』には尾石さんが描いた貴重な初期ラフも載っていたりします。こちらも必見ですので、ぜひご参照ください。