もにも~ど

アニメーション制作会社シャフトに関係するものと関係しないものすべて

『もにラジ』第7回「『五等分の花嫁∽』先行上映感想会」

シャフト作品を思いのままに語りまくる『もにラジ』。第7回では2023年7月14日に劇場で先行上映されたテレビスペシャル版『五等分の花嫁∽』を取り上げ、シャフト批評合同誌『もにも~ど』の共同編集者であるabさんとmochimizさん(@mochimiz09982)と一緒に本気のラブコメ談義をしました。

『五等分の花嫁』のストーリーに関する結末に触れたネタバレを含んでいます。

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◆参加者プロフィール

 mochimiz(@mochimiz09982

王雨嘉のキャラソンを一生擦りながら『暗号学園のいろは』を読み耽るオタク。いつの間にか共同編集者になっていた同人誌『もにも~ど』をよろしくお願いします。

 ab

今日も暑ーい1日になりそうです。

 あにもに(@animmony

夏の暑さには負けながらシャフトアニメを観るオタク。サクレ白桃味ガチ勢。
The world needs wannabes, The world loves wannabes.

【『五等分の花嫁』シリーズについて】

あにもに:本日はよろしくお願いします。シャフトが制作を手掛けているテレビスペシャルアニメ『五等分の花嫁∽』が7月14日より劇場公開されまして、あまりのクオリティの高さに唸ってしまったので、先行上映版ではありますが簡単に感想会をしようと思って皆さんにお集まりいただきました。まずはじめに、お二人は『五等分の花嫁』シリーズは追っていましたか?

mochimiz:よろしくお願いします。僕は正直なところ、これまであまり追っていなかったんです。たまたま『五等分』が流行り始めた時期と自分の中でのラブコメブームが合わなかったのかもしれません。今では思い入れがあるので、もったいないことをしたなと思います。

あにもに:mochimizさんはテレビスペシャル版の公開に合わせてシリーズをすべて観られたんですよね。

mochimiz:そうですね。もともとシャフトがグロスを担当していた1期11話は観ていて、コミケで山村洋貴さんに直接その感動を伝えたほどでした。そのときに主要キャラクターを把握するために1期の他の話数もちょろっと観てはいたんです。ただそれっきりだったので、テレビスペシャル版の公開前にあらためて映画版まで全部観ました。

あにもに:シャフトがテレビスペシャル版の制作を手掛けたのも、1期11話を担当して大変好評だったことによる縁がきっかけです。これは自分の周りのシャフトファンあるあるなのですが、「『五等分』は1期11話しか観ていない」というオタクが多く……abさんはまさにそうですよね。

ab:すみません、その代表です(笑)。これまで1期11話しか観ていなかったのですが、今回テレビスペシャル版を観に行きました。この後すべて観る予定ではありますが、ひとまずは1期11話しか観ていない視聴者代表として参加させていただきます。あにもにさんは全部観ているんですよね?

あにもに:自分はリアルタイムでアニメを観ていて、後からではありますが漫画も読みました。今回のテレビスペシャル版はこれまでのシリーズを追っていない人でも楽しめたのでしょうか。

ab:自分はとても楽しめました。ひとつ面白かったのは、テレビスペシャル版を観て結局どのヒロインが勝ったのか分かってしまったことですね(笑)。逆にこれで四葉以外が勝ったのならもうおしまいです。

mochimiz:まあabさんの直感通り四葉が勝つわけなんですが、テレビスペシャル版で採用されたエピソード無しでは結末の納得感が薄いんですよ。僕は原作未読だったので、こんなにも重要なエピソードがきちんとあったんだ、という衝撃が大きかったですね。映画版まででは、四葉がいつどのようにして風太郎と子供の頃に会った男の子が同一人物であることを認識して、どのタイミングで恋心を抱いたのか……そういう動機付けの部分がはっきりとしていなくて。

あにもに:映画で四葉の話をカットしたのは自分も不思議でした。とはいえまったく分からなくはなくて、これまでのアニメが意識していたのは「五つ子の恋愛競争をバランスよく描く」ことにあったのだと思います。四葉のエピソードを入れると実質的にエンドが確定してしまうので、最後まで誰が勝つのかあえて曖昧にするという意味では正しい選択だった気もします。ここにはある種シリーズ構成の葛藤が見て取れます。

mochimiz:この感想会に合わせてコミックDAYSで原作のエピソードをピンポイントで購入したんですよ。するとたしかに四葉の話は構成的にちょっと浮いているところがあって。シリーズ構成・脚本の大知慶一郎さんがパンフレットでも仰っていましたが、四葉の話はファンから熱望されていたエピソードだというのは分かっていたし、絶対に描きたかった話だけれど、尺の都合上削らざるを得なかったと。でもあにもにさんが仰ったような理由があるのなら、割愛されたのも頷けますね。

あにもに:物語の構成的には2期の終盤で「シスターズウォー」編が描かれましたが、四葉の過去編はその直後からスタートします。時系列的に考えても、それをそのまま映画の冒頭に持ってくるのはなかなか難しいと思います。

mochimiz:それにかなり重たい話ですよね。四葉が背負っているものが非常にセンシティブで胸が苦しくなりました。でも、演出意図などの詳細な検討は後でやるとして、今回この話を映像化してくれて本当に良かったです。アフタートークで二乃役の竹達彩奈さんもご指摘されていましたし、僕のように原作未読の人も一定数いると思うので。

あにもに:いったん本題に入る前に、どうしても外せないトピックとして聞いておきたいんですが、皆さんの好きなキャラクターを教えてください。

mochimiz:僕は断トツで五月ですね。今回のテレビスペシャル版でも印象的に描かれているように、五月って、亡き母親を想って五つ子たちの秩序を守ろうとするあまり、ぜんぜん要領よく動けないんですよ。自然といわゆる「負けヒロイン」にはなっちゃう、というか恋愛競争のさなかにいることすら難しかったと思うんですけど、家族を大事にしていて子供っぽいあどけなさを残している。そういう部分が個人的に好きでした。

ab:自分は1期11話とテレビスペシャル版しか観ていないので、好きな子というよりは気になる子を挙げたいのですが、そういう基準ですと三玖になります。最初に観たときはここまで攻める子じゃなかったはずなのに、今回観たらすごく積極的に風太郎にアプローチするようになっていて驚きました。

あにもに:たしかに1期11話だとまだ「公平に行こうぜ」の話ですよね(笑)。

『五等分の花嫁』11話「結びの伝説 3日目」

ab:そこから比べると風太郎に凄まじい好意を寄せていて、しかも五つ子の中でも一番大胆にアプローチしているんじゃないかと思うくらいで、そのギャップが気になりました。今度全部観ようと思ったのも三玖の影響が少なからずあるかもしれません。あにもにさんは誰が一番好きなんですか?

あにもに:自分はずっと一花派です!

ab:見事にみんなバラけましたね(笑)。どういうところが好きなんですか?

あにもに:一花はやることなすこと全部のムーブが良くないんです。単に裏目に出ているだけなら良いんですが、倫理的に超えてはいけないラインを超えるし、はっきり言ってしまえば人間として踏み外しているとすら思います。貪欲に前に進もうとしてずる賢く出し抜こうとしながらも、とことん失敗してしまう。賢く振る舞ってはいるけれど、実は一番不器用。愛情の裏返しでもあるわけですが、そういう人間らしさに自分は惹かれました。

ab:言われてみれば一花はあにもにさんが好きそうなキャラクターでした!

あにもに:好きなキャラクター談義はいったん横に置いて、さっそく本題に入りましょう(笑)。

【オープニングについて】

あにもに:まずはオープニングについて話しましょう。今回のオープニングは絵コンテ・演出・作画監督をなんと長田寛人さんが担当されていました。長田さんはシャフトの若手アニメーターで、最近だと『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON -覚醒前夜-』(2021年)や『RWBY 氷雪帝国』(2022年)でメインアニメーターとして活躍していたのですが、まさかオープニングを手掛けられるとは衝撃でしたね。しかも最高級のクオリティでした。

mochimiz:凄すぎました。初めて観たとき、思わず笑みのこぼれた口元を、頬杖をついた手でそのまま覆わざるを得なかったのをよく覚えています(笑)。

あにもに:これまでのシリーズの恒例として楽曲に台詞が入っているのですが、台詞入りのオープニングは難しいんですよ。少しでもビジュアルや感覚の調整を間違えると一気にダサくなってしまうのですが、今回のオープニングは圧巻でしたね。

ab:初めて観た瞬間に脳が痺れました。動いているシーンだけではなくて、止まっているカットの部分も迫力があって、まるで動いているかのように見えてしまうくらい躍動感がありました。楽曲との連動も含めてバチバチに決まっていましたね。

あにもに:音響的には5.1chサラウンドなので映画館で座る位置によって聴こえ方も全然違って面白かったです。そしてまず何よりも冒頭でタイトルロゴが出る前のモノクロのシーンで震えました。

mochimiz:シネスコ画面アスペクト比でヒロインたちだけ色が付いていて他はモノクロ、かつスローという手数の多い演出でした。今回のオープニングは監修として、1期11話の演出も務めた吉澤翠さんが入っていますよね。吉澤さんによる監修も多分に入っているであろうことが窺えるにしても、アクションアニメーターとしての印象が強い長田さんの中にこれほど演出への熱量があったというのが、まずは嬉しかったです。

あにもに:モノクロのパートでは風太郎も五つ子の顔もはっきりとは描かれなくて、それぞれ絶妙に隠れていますよね。冒頭の時点ですでに大傑作だと早々に確信したのですが、その後に五つ子が風太郎に抱きついてカラーフィルムが舞います。そこでタイトルロゴも出てようやく世界に色が付くのかと思ったら、背景には影で落とした風太郎と花嫁の姿が現れる怒涛の視覚的演出でした。

mochimiz:コントラストによる印象付けが素晴らしいですよね。シャフト外の有名なアニメーター・演出家からもここは特に高く評価されているようです。

あにもに:演出的な手数は多い一方で、オープニングの構成自体は至ってシンプルです。タイトルロゴ明けからも五つ子たちに一人ずつフォーカスしていて、サビでも一人一人を大写しにして演技させるきわめて分かりやすい形でした。技巧に走り過ぎているような奇を衒ったオープニングとかではまったくなくて、あくまでキャラクターを主役として描こうという意志が伝わってきて好感が持てました。もちろん、シンプルだからこそよりいっそうセンスが問われます。

『五等分の花嫁∽』オープニング

mochimiz:そうですよね。ヒロインたちのキャラクター紹介を兼ねる必要がある、というラブコメ的な作法があると思いますので。

ab:多分こういうシンプルさは長田さんレベルのアニメーターじゃなかったら、ここまで説得力を持たせることは難しいのかなと。

mochimiz:長田さんの絵があってこそというのはあるかもしれないです。

あにもに:同時にグラフィカルなセンスもきちんと出ていました。最初に五つ子たちが呼びかけた後の「ポチャン」と雫が落ちてミルククラウンができるカラフルなカットであったり、回想パートのショットの部分は特に顕著でした。

ab:回想パートって最後のところですか?

あにもに:あ、ラストの止め絵は未来の姿を描いたフラッシュフォワードで、回想はサビ直前のところですね。画面アスペクト比がスタンダードサイズになって、両サイドは白色のベタ塗りで幼少期の風太郎の姿や、彼がかつて出会った女の子などが映る場面です。こうした画面サイズに変化を付ける方法は吉澤さんが様々な作品で挑戦してきた演出技法のひとつです。

mochimiz:そこの内容覚えてます(註:感想会時点ではYouTubeでオープニングが公開されていませんでした)。まず幼少期の風太郎の手を引く少女のショット、次にお守りを空に掲げるショット、そして風太郎が100円玉を賽銭箱に投げ入れるショットの三つで構成されていました。

あにもに:過去の重要な場面をピックアップしながら、それぞれ「手」にまつわるショットで象徴的に繋いでいて技巧的にも上手いなと思いました。また象徴的なシーンと言えば、冒頭のモノクロパートもそうですよね。例えば二乃のカットには例のバイクが映り込んでいます。

mochimiz:そうそう、風太郎と一緒に乗って告白したときのバイクです。五月は林間学校で登場したスキー場のリフトの上で、これもまた大変重要なシーンでした。母親の影を追い続けている五月はある種の男性恐怖を抱えているのですが、一緒にリフトに乗った風太郎に変装を見破られることで段々と心を許していくんです。

あにもに:そして一花は花火大会。花火大会の日、紆余曲折あって一花と風太郎はほとんど行動を共にします。ここで風太郎に「作り笑い」を看破されるのですが、その誠実さに一花は胸を打たれるわけです。三玖は学校のベンチ。こちらは「武将しりとり」で風太郎を試す三玖と、それに応えきった風太郎が走り疲れて休憩するシーンです。なので、よく見るとこのとき風太郎に貰った大好きな抹茶ソーダがあるし、三玖はタイツを脱いでいるんですよね。このようにそれぞれ五つ子たちにとって思い出深い場面をチョイスしているのですが、一番驚異的だと思ったのは四葉です。彼女だけは頭の上のリボンしか映らないんですよ。

『五等分の花嫁∽』オープニング

mochimiz:ここは震えますよね。単なる快活さの象徴に見えて、実は四葉の後ろ暗い部分の象徴でもあるんです。もともと見た目も性格もそっくりだった五つ子たちですが、風太郎への想いから、四葉は一足先にこのリボンでアイデンティティの確立を図ります。その後、母親への想いも相まって差別化の意識はさらに拡大していき、部活を掛け持ちしすぎた結果落第してしまう、という。

あにもに:程度の差はありますが、他のヒロインには風太郎のことを追いかけるような動きがスローで付いているのに対して、四葉だけは微動だにせず、ただじっと風太郎を見つめるように立ち止まっています。まさに彼女の立ち位置とパーソナリティを表した素晴らしいカットです。ほんのわずかな短いショットの連続ですが、あまりにもキャラクター描写が秀逸だと思いました。

mochimiz:逆に最後は、五つ子たちの未来の姿がスチル写真風に映りますよね。一花は海外に発つ場面、二乃と三玖はお店を開いている描写、四葉はスポーツバイクを漕いでいて、五月は教師をしている姿、という具合に。89秒という短い尺の中で、過去の想い出から未来の姿までまるっと描き切っています。

ab:「現在」の五つ子たちのショットが、すべて「未来」の姿を暗示しているということですよね。お菓子作りをしていた二乃は自分のお店を開くようになっていたり、勉強する姿を中心として描かれていた五月が教師になっていたり、すべてのカットが計算し尽くされています。そういう意味ではオープニング全体を通して各ショットやアクションが密接に連動していると感じました。例えば、五月が図書室で本を取り出す場面が、そのあとサビの部分で本を抱えすぎて転倒するシーンに繋がっていたりします。

あにもに:オープニングの冒頭で単語カードに没頭して自分の世界に閉じこもっていた風太郎が、最後にようやく振り向くようになる、といった構成もまた見事でした。

ab:アニメを観ていない自分でもここまで感動するわけで、ストーリーを全部知っている人からすれば、より感動するんだろうなというのが伝わってきました。例えば、サビの部分では各ヒロインのカラーを表したキラキラの五色のエフェクトが空を舞いますが、四葉を表す緑色のエフェクトがクローバーの形に変形していたりするんですよね。そういう細かいモチーフを詰め込んでいるのもさすがだなと思いました。

『五等分の花嫁∽』オープニング

mochimiz:そうなんですよね。いたるところに大事なモチーフが散りばめられています。

あにもに:またド迫力のパースと影が付いたブランコの鎖のカットもありましたね。ブランコは本編にも出てくる重要なモチーフですが、鎖が画面の中央に垂らすように描かれてあって、その真ん中の構図を中心にサイドキャラクターが両側を歩いているカットが挟まれています。ここの描写の仕方もよく練られていると思います。

mochimiz:視線誘導が巧いんですよね。広角アオリで次々にカットが移り変わる非常に情報量の多いシークエンスですが、被写体の初期位置が徐々に右端から左端へ動くので、無理なく目で追い切ることができます。そしてこれらを一手にまとめ上げるのが、長田さんの圧倒的な作画力です。仮に背景にある物語を知らなくても、「アニメーションがすごい」というただそれだけのことがどうしようもなく胸を打つ瞬間ってありますよね。そういうエネルギーに満ち溢れていると思います。

ab:アニメーションがすごいおかげで、楽曲を含めて何もかもが魅力的に映っています。一般的にラブコメでしっかりとしたものをオープニングで魅せるというのはなかなか難しいと思うんですが、演出も作画パワーも噛み合っていました。

あにもに:このオープニングって劇場公開されるという前提で作られたんですかね?カチンコやカラーフィルムといった映画のモチーフまで含まれていて少し気になりました。

ab:最初の企画時点ではテレビ放送のみだったらしいのですが、途中で劇場での先行上映を実施する話になったらしいです。どの段階で劇場公開を視野に入れたのかは分かりませんが、このオープニング自体は映画を意識しているように見えます。

あにもに:これまで長田さんのアクションシーンは長田さんにしか描けないような独自性溢れるものばかりでしたが、今回初めてオープニングを担当されて、結果これほど素晴らしいものが出来上がり、とんでもないクオリティに劇場で言葉を失いました。

mochimiz:オープニングはベテランのコンテで手堅く来るだろうと予想していたのですが、まったく新しいことに挑戦していますよね。自分は公開初日の夕方の回に行ったので、お昼はツイッターのタイムラインをぼけーっと眺めてたんですけど、「コンテ・演出:長田寛人」という文字列が目に入って本当にびっくりしました(笑)。『マギアレコード』や『RWBY 氷雪帝国』みたいなアクション主体のアニメだったらまだなんとなく内容が想像できるのですが、まさかの『五等分』という。一体どうなっちゃうんだろうと思いながら観に行って、たいへん衝撃を受けたわけです。

ab:自分はその情報を見て慌てて当日レイトショーを観に行きました(笑)。

あにもに:シャフト作品のオープニング史上でも上位に入るレベルで良かったです。オープニングに『五等分』のストーリーや小ネタをこれでもかというくらい詰め込んでいて、これはひとえに原作を徹底的に読み込んでいるからこそ成せるものだと思います。この映像のためだけでも劇場で鑑賞する価値があると断言できるくらい見事なオープニングでした。

【1話について】

あにもに:本作は2話構成なので、前後半に分けて話しましょう。まずは1話ですが、エピソードとしては二乃を描いた「ツンデレツン」、三玖と一花の「リビングルームの告白」、そして風太郎の「偶然のない夏休み」の話でした。「リビングルームの告白」は時系列的には前の話なので回想形式で入っていましたが、その他についても微妙に原作と順番が違います。ただし全体の流れとしては自然だったと思います。

ab:自然に見えましたね。今の話を聞くまで時系列が前後しているとは思いませんでした。たしかに「リビングルームの告白」だけは回想形式で処理されていたので何となく察しが付いたのですが、それ以外の繋ぎ方は完璧でした。1話は絵コンテ・演出を松村幸治さんが担当されています。

あにもに:abさんは以前から松村さんのファンですよね。今回テレビアニメの絵コンテを担当されるのはたしか初めてですかね?

ab:『アサルトリリィ ふるーつ』(2021年)でも絵コンテ・演出は担当されていましたが、こちらは配信でやっていた短編アニメでした。『連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ』(2022年)や、シャフトがグロスを担当した『女神のカフェテラス』(2023年)9話でも絵コンテは描いていなかったと思います。そういう意味ではテレビアニメを丸々1話分担当したのは今回が初めてですね。

あにもに:先行上映を観た人はどうしても2話のインパクトが強く残っていると思うので、なかなか前半が取り上げられる機会が少なくなってしまうかもしれませんが、相当高度にやっていますよね。

mochimiz:自分も松村さんの演出力にはかなり驚かされました。直近の『女神のカフェテラス』ではコンテが桑原監督によるものだったので、松村さんの色を読み取るのは少々難しかった気がするのですが、実際にはシャフトらしい演出感覚をかなりの高水準で身に付けていたという。

あにもに:風太郎とらいはの会話が始まる前に外観のショットをいくつか映すあたりからすでにシャフトらしさがありました。アバンでも似た導入を作っていて、風太郎が喋り出す前にまずは学校の外観を映して、次に昇降口、そして図書室の中へとカットが切り替わっていきます。それぞれ外の環境音であったり、生徒がカツカツと歩く音であったり、本をめくるときの紙の擦れる音であったり、シーンを効果音の付け方で構成していて心地良かったです。

ab:アバンは風太郎が修学旅行のアルバムを五つ子に渡すシーンですよね。これも2期からの続きということでしょうか。

mochimiz:2期の終盤のエピソードの続きなのですが、ここは原作の構成に大きく改変を加えているポイントのひとつです。原作では修学旅行の後、五つ子たちの母親の零奈に扮装した五月にアルバムを渡すまでが1エピソードなのですが、アニメ版2期はアルバムを渡す前に終わるんですよ。今回のテレビスペシャル版のアバンは五つ子たちのキャラ紹介も兼ねてますので、おそらくこの零奈というキャラクターの扱いが難しかったのだと思います。そこを五人が集まる場で渡すという描写に改変することで、違和感なく繋げていました。

あにもに:アバンは劇伴の使い方も見所です。最初は劇伴がなくて効果音だけが使われているのですが、修学旅行の写真が映って思い出を振り返るところではじめて音楽が鳴り出します。どうやら今回は映像を作ってから楽曲を発注するフィルムスコアリングの手法で劇伴を作ったらしいのですが、まさに劇伴効果がぴったりハマっていたなと思いました。こう言ったら失礼な話ですけれど、フィルムスコアリングはシャフトにとってはなかなかスケジュールの都合上難しそうなやり方です(笑)。

ab:フィルムスコアリングはだいぶ前に映像を作る必要があるはずなので、普段だったらまず厳しそうですよね。どのタイミングで発注したのかまでは分かりませんが、テレビスペシャル版はおそらく去年の秋ごろから企画が動き始めたようで、実際の制作期間はそんなに長くなかったんじゃないかなと推測します。

mochimiz:個人的に特に注目したいのが1話のオープニング明けの部分です。らいはが風太郎に「まさかお兄ちゃんがこっそりこんな本を読んでるなんて…」と言うシーンで、「こんな」のところでわざわざらいはの口元をアップにしたり、「持ってるだなんて」と言った後にちょっと笑っている目をアップにしたり。ある種シャフトアニメであることの宣言のような、模範的な翻案でした。

あにもに:アップと引きのショットを繰り返し描いた後に、恋愛ガイドの本が出てくるところで「ポン」とSEが入るんですよね(笑)。序盤からかなり仕上がっています。

ab:何気ない日常パートの導入部ではありますが、細かくカットを割ることでコミカルなシーンを成立させていて、らいはが風太郎をからかっているような感じがよく出ていました。そういう意味ではレイアウトやフレーミングが特徴的ですよね。

mochimiz:先ほど述べたオープニング明けのらいはの口元や目元のクロース・アップはまさにそうです。また、鼻から下を全部フレームアウトさせて無力感を演出するカットが「ツンデレツン」だけでも2カットありました。病院に入る際に二乃が「急ぎなさい、上杉」と言った直後、その呼び方に思わず気圧される風太郎は特に印象的です。背景に広がる青空と「息を飲む」声の演技も相まって、二乃の暴走ぶりが際立っていました。

あにもに:密閉された部屋の中であっても風を吹かせて髪をなびかせる芝居を挟んだり、二乃が病院を歩きながら過去の風太郎への言動を思い返すシーンなどを平面構図でたっぷり尺を取りながらコミカルに描いていて笑いました。

『五等分の花嫁∽』1話

ab:「やりすぎたー!」のところ含めてイメージBGや色変えやもたくさん活用していましたよね。二乃のツンデレの可愛さをきちんと描けていたと思います。

あにもに:ジャンプカットやキャラクターの位置関係が繋がっておらずテンポ重視で豪快にすっ飛ばすカット割りなど、シャフトアニメとしての濃度の高さは中盤にも見られましたね。また「リビングルームの告白」も良い話でした。これは三玖のエピソードですが、風太郎に焦点が当たっていた回でもあったと思います。ここで初登場した菊ちゃんは母親がいないという設定ですが、このことはまさに風太郎自身の境遇と重なっているんですよ。だから母親がいなくても平気と強がっている菊ちゃんに対して「お前みたいな年の女の子が母親がいなくなって寂しいわけがない」と彼女に寄り添いながら声を掛けるのですが、これは同時に自分自身の感情の吐露でもあります。

mochimiz:その風太郎を見て、三玖が「こういうところだ」とモノローグを述べ始めます。自分が風太郎のどこを特に好いているのか再確認するシーンで、ここのハーモニー処理が素晴らしかったです。決めの絵をしっかりとアップで止めて原作の塗りを再現するようなハーモニー処理を施すことで、特別なシーンであることを強く印象付けています。あらためて原作を読んでいて思ったんですけれど、今回のテレビスペシャル版は原作のコマを実直に再現するということをものすごく丁寧にやっていますよね。

『五等分の花嫁∽』1話

あにもに:原作と向き合うことを徹底しているんですよね。「実直に再現する」というと、「何も変えなければ良いだけじゃん」と短絡的に考えがちですが、そうではなく原作から大事な要素を取り出して最も良い形でアニメにするというのは、アニメならではの時間感覚のコントロールであったり、色の表現やカット割りであったり、きわめて高度な翻案が必要になります。

mochimiz:三玖のモノローグはもう少し続きます。先ほど述べたカットでのハーモニー処理も素晴らしいのですが、塗り方だけでなく、やはり色彩そのものに対するこだわりも素晴らしいです。三玖の心象を表わす光で空間が満ち満ちていて、その反射光が三玖のタイツに映っているのですが、しっかりと緑色が入っているんですよ。

『五等分の花嫁∽』1話

あにもに:緑といえば原作の表紙もそうですが、影の色が緑がかっているのが特徴的です。今回はそのテイストを活かしていて、影色としてグリーンが多く入っていたような気がします。この辺りの三玖のパートは1期11話のかまくらパートを担当した杉山延寛さんが作画監督として入っているところでもあります。

mochimiz:制服のスカートに代表されるように、緑色は『五等分の花嫁』という作品全体のイメージカラーですよね。それがよく分かる色彩設計だったと思います。

ab:キャラクターの話に戻りますが、最初の気になるキャラの話で自分が三玖を挙げたのは今回の「リビングルームの告白」と2話の「秘密の痕」で彼女の変化が著しかったからですね。こんなにも風太郎にアプローチを仕掛ける子になったんだなと。

あにもに:キャラクターと言えば、いずれのエピソードも風太郎の良さと言いますか、彼の人間としての成長を描けている点でよくまとまっていました。

mochimiz:風太郎は自ら人と関わっていくことが得意なタイプではないんだけれど、打ち解けさえすればすごく良い奴なんですよね。「偶然のない夏休み」の話ではすっかりクラスの輪の中に入っている様子が描かれていて微笑ましかったです。

あにもに:風太郎の成長の証として最後に引きを作ったのも構成として優れていると思いました。海でクラスメイトのみんなと遊んだけれど、何かが物足りない。その欠けたピースが五つ子たちの存在であることを自覚し、きちんと口に出してみせる。だからこそ今度プールにでも誘ってみよう、という流れです。

mochimiz:パンフレットのインタビューでも、大知さんがあえて引きを作る構成にしたという話をしていましたよね。ここまでを整理すると、原作のエピソードの順番が大胆に組み替えられて、「偶然のない夏休み」の間に「ツンデレツン」と「リビングルームの告白」が挿入されていることが分かります。そして五月の「あなたから誘ってくるんですか!?」という台詞で1話Cパートに引きを作り、2話に繋ぐわけです。

ab:その直前の風太郎のちょっと寂しそうなシーンがまた良く演出されているんですよね。

『五等分の花嫁∽』1話

mochimiz:素晴らしいですよね。まずは風太郎の表情をアップでじっくりと見せて、次に思いっきりロングショットに切り替えて寂しさを印象付けています。アフタートーク風太郎役の松岡禎丞さんも絶賛されていました。

ab:1話の終わりのタイミングでエンディングが流れましたね。これまでのシリーズのエンディングを担当されていた梅木葵さんが今回も絵コンテを担当していましたが、梅木さんは『五等分』以外だと何をやられている方ですか?

mochimiz:ポプテピピック』(2018年)が一番有名でしょうか。シリーズディレクターとコンセプトデザインワークスを兼任されているだけでなく、各話のコーナー監督・コンテ・演出・キャラクターデザイン・作画監督美術監督など獅子奮迅の活躍でした。

あにもに:最近では『ゆるキャン△』(2021年)や『その着せ替え人形は恋をする』(2022年)のオープニングもやられていました。

mochimiz:いずれも素晴らしいオープニングですね。個人的には『女子高生の無駄づかい』(2019年)のオープニング演出が一番好きです。

ab:なるほど。梅木さんは演出までやられる方ですが、今回の演出処理は宮本監督がやっていましたね。

あにもに:今回のエンディングはストーリー仕立てで、とある休日の五つ子たちの姿をテーマに描いていました。五つ子たち全員のちょっとした仕草や芝居がよく出ていて可愛らしかったです。

mochimiz:歌い出しのあたりで一花がベッドから起きて、二乃と三玖が料理をしていて、四葉は外でランニングをしている。その後一花と五月が朝食を食べて、そこからみんなでお出かけという微笑ましい流れでした。

あにもに:眠たそうに食卓に着いている一花が可愛かったです(笑)。

mochimiz:美味しそうに食べている五月も可愛いです!そしてサビはめちゃめちゃ梅木さんの絵ですね。入場者特典のうちわにも使用されています。可愛さもあり、やはり梅木さんなので突き抜けたお洒落さがありました。

あにもに:これまでのエンディングもお洒落で良かったのですが、今回はしっかりとキャラクターを描いていましたね。

mochimiz:例えば1期のエンディングはダンサブルな曲調もあいまってかなりデザイン方面に寄っていて、少しひんやりした雰囲気を感じさせるものでしたが、今回は大団円感のある温かい映像でしたね。豪華なストリングスアレンジに合っていてとても良かったです。

【2話について】

あにもに:2話ではプール回である「秘密の痕」と四葉の回想編の「私とある男子②」が描かれました。プール回は映画版で一度描かれていた部分ですが、本音を言うと自分は映画版の処理の仕方に少々物足りなさを覚えていました。

mochimiz:2分にも満たないオープニング部分にぎゅうぎゅう詰めにされていますよね。

あにもに:それはそれで苦肉の策だったのかもしれませんが、ただでさえ2時間を超える長編映画だったため、プール回はダイジェスト的に描いていました。

mochimiz:水着のヒロインたちがはしゃいでいる様子はたしかに可愛いのですが、そこに目立った演出意図は無かったように思います。五月にフォーカスしたエピソードだったというのも今回観て初めて知りました。

あにもに:せめてものファンサービスとして、という気持ちは分からなくはないのですが、原作ではそういった趣旨のエピソードでもないので惜しい部分ではありました。なので今回満を持してプール回を原作通りやれて、まさしく五月らしいラブコメを描けていて良かったと思います。

『五等分の花嫁∽』2話

ab:プール回良かったですね。作画も演出も上品かつ華やかで、2話は絵コンテが吉澤さん、演出が宮本監督でした。もう最初のカットから「あ、吉澤さんのスタイルだ」と思いました(笑)。とりわけウォータースライダーのシーンは満足度が高いです。

あにもに:その辺りは山村さんの作画監督パートでしょうね。

mochimiz:山村さんの絵は、やっぱり美しくてかっこいいですね。特に風太郎と一花のイケメン具合は公開前からかなり話題を呼んでいた印象です。ウォータースライダーに並んでいるとき、五月が一花に「やっぱりやめませんか…?」と不安を吐露する広角俯瞰のショットがあるんですけれど、ここの一花の横顔がめちゃめちゃ決まっていて大好きです。

あにもに:そういえば今回は「キャラ表を作っていない」とキャラクターデザインを担当した潮月一也さんがAnime Cornerのインタビューで答えていました。カットごとに原作のコマの絵柄や癖をひとつひとつ丁寧に拾いながら描いているらしいです。

mochimiz:大変興味深いですね。だからこそ作画監督の絵柄が強く出やすいということなのかもしれません。また、プール回といえば吉澤さんの演出の手数の多さが見えたのが印象的でした。吉澤演出と言えばまずは流体表現ですよね。

あにもに:たしかに吉澤さんといえば水をはじめとした流体表現のイメージが強いです。『3月のライオン』(2016年)から『マギアレコード』まで一貫したモチーフとして扱っています。

mochimiz:風太郎が「枕みてぇ」と言って五月が頬を赤らめるところがありますよね。ここの色変えと流体表現の組み合わせが本当に素晴らしくて。今回のテレビスペシャル版で一番好きなカットを挙げるとしたら僕は迷いなくここです。それに五月が風太郎に水着を見せびらかすシーンは、原作でも大コマの決めの絵ですので、やはりしっかりとハーモニー処理をやっています。しかも特筆すべきは、ここで環境音を全部抜いてるんですよね。周囲にはもちろん人が沢山いるのですが、聴覚効果の次元においても五月を印象的にクロース・アップしています。

『五等分の花嫁∽』2話

あにもに:たしかにあらためて吉澤さんの演出を観て音に対するこだわりは強く感じました。四葉回は特に顕著でしたが、プール回の方もきちんとコミカルな部分を強調しつつ丁寧に演出されていました。

mochimiz:あと、風太郎と五月がウォータースライダーに乗る直前、五月は恥ずかしさで動揺しっぱなしなわけですが、「意識してるみたいじゃないですか!」という台詞に合わせて、カートゥーン調で大げさな動きをする五月の周りにオーディオビジュアライザーのようなものが浮かんでいるんです。ここまでコミカルな演出は、吉澤さんの手札にはあまり無かった印象だったので驚きましたね。

あにもに:ビジュアライザーを出すことによって、コミカルな雰囲気をさらにプラスしているんですね。

mochimiz:そうですね。より大げさ感が増すというか。なんなら手前に映ってる風太郎の顔もデフォルメされすぎて『マッシュル-MASHLE-』(2023年)みたいになっているし(笑)。冒頭で話したように自分は五月が好きなので、五月が楽しそうにしている様子がとても丁寧に描かれていて嬉しかったです。

ab:それと、やはりと言うべきでしょうけれど、全体的に色の調整が細かいところまで行き届いていて良かったですよね。プールで付いた日焼けの色もしっかりと焼けている感触が出ていましたし。

あにもに:そういえばシャフトの久保田社長がプレビューで唯一リテイクを出したのが「秘密の痕」における日焼けの色らしいです。日焼けの色の濃さは画面を大きく左右する大切な要素なので、ここの部分のこだわりはさすが久保田社長であり、仕上げ出身のスタジオとしての矜持を感じました。

ab:面白いですね。日焼けの色のみならず、その他も色合いがちゃんとくっきり出ていました。

あにもに:これまでのシリーズは比較的薄い色合いで統一されていましたが、今回の『五等分』のデザインは色みに相当なこだわりを感じます。自分は今まで二乃と五月の髪色が一緒に見えてしまう場面があって、実際色が近いというのはあるのですが、しっかりとカラーが出ていれば全然違うのだなと分かりました。

mochimiz:肌の色も全体的に温かみのある色になっていますよね。特殊効果が入っているカットが顕著です。

ab:色彩設計の日比野仁さんのカラーですよね。作画から演出、仕上げや撮影までシャフトらしさに溢れていると思います。そして四葉のエピソードも何から何まですごかったです。先ほど触れたように絵コンテを吉澤さん、演出を宮本監督が担当されていましたが、ここまでこの二人の相性が良かったとは意外でした。

あにもに:abさん的には宮本監督と吉澤さんの特色はどのように捉えていますか?

ab:宮本監督の最大の特色はカットの積み方にあって、カットをスピーディーに切り替えてリズムを作っていくタイプの演出家だと思います。吉澤さんはキャラクターの心情をじっくりと描くタイプなので、それをどのように宮本監督が演出するのか気になっていました。それがここまで完成度が高いものが見られるとは思いませんでした。

あにもに:たしかに吉澤さんは女の子のキャラクターの心情を描いてみせたら右に出る者はいない演出家です。そういう意味でも四葉回を担当されたことは納得です。最近の吉澤さんは『マギアレコード』でも『RWBY 氷雪帝国』でもクライマックスのエピソードを担当されることが多くて、意図的に大事な回で登板されている気がします。

ab:それほど信頼感があるということだと思いますね。1期11話を担当したという絶大な実績があるので、今回もうまくまとめてくれるだろうという期待があったのですが、本当に完璧でしたね。ちなみにひとつ聞きたいんですが、プール回と四葉の話は別に繋がっているわけではないんですよね?

mochimiz:原作では全然繋がっていませんね。

ab:なるほど。ということはこちらも上手く繋げましたね。

mochimiz:すごく自然に繋いでいると思います。プールで遊んだ後の帰り道での四葉と五月の会話シーンから回想に入りましたよね。しかし原作を確認すると、表現もロケーションもまったく違います。

あにもに:原作では四葉と五月の会話は外では無かったですよね?

mochimiz:外でもないし夜でもなくて、昼の校舎内ですね。原作ではプールからの帰り道は五月が「秘密の痕」に気付くシーンで締められていますが、本来無かったその続きを描いているんです。

ab:四葉のモノローグで話が進んでいきますが、この回想で描かれているシーンはこれまで実際に描かれている部分なんですか?

あにもに:すべてこれまで描かれたことのあるシーンです。なので、ある意味ここのパートはシャフトによるリメイク的な側面があります。これまで四葉がどのように心の内で感じていたのか、どういう気持ちで風太郎と接していたのか、彼女の心理が初めて本格的に描かれるわけです。

mochimiz:四葉は一歩引いてみんなの恋愛を応援するというポジションにいましたが、どうしてそういうポジションに収まることを自ら選択したのかということが、彼女視点で描かれるというストーリーテリングですね。

ab:四葉ってすごく良い子なんだなというのがよく伝わりました。

mochimiz:それは間違いないです。前の学校を落第してしまい、今の学校に転校することになるのですが、このときに他の五つ子を巻き込んでしまったという罪悪感に常に苛まれています。これに相当する描写を、回想シーンに入る直前に画面分割でダイジェスト的に処理しているんですよ。髪をバッサリと切って、五つ子が前の学校の制服を脱ぎ捨てる描写がそれです。

ab:あ、あれってそういう意味合いのシーンだったんですね。

mochimiz:そうなんですよ。これまでのシリーズを観ているとピンとくるものがあると思います。映画版ですでにじっくりと描かれている過去なので冗長にならないように、しかし効果的に、という演出意図でしょうね。

あにもに:スピード感がありながら、情緒さを損なわない演出として細かく分割された画面がいくつか出るんですよね。カンニングペーパーであったり、髪をバッサリと切る描写であったり、いろいろなシーンが四葉の物憂げな表情の上にオーバーラップされていました。

mochimiz:また、これまで風太郎に積極的にアプローチを仕掛けていた一花、二乃、三玖の三人と、四葉と五月の二人が信号機という交通のギミックを用いて隔たれる、という描写があります。さらに五月が「四葉だってずっとずっと 彼のそばで見続けていたじゃないですか」と四葉に告げるシーンでは、電線を見上げるようなカットが挟まるんですよ。信号機や電線といった、日常に密接に関わるけど人一人の力ではどうにもならないオブジェクトを象徴的に用いた雰囲気作りには、夜の空気もあいまっていたく感動させられました。

『五等分の花嫁∽』2話

あにもに:2度繰り返される「ずっと」の台詞に合わせて、電線を見上げるショットと、二人を小さく映したロングショットに分節的に切り替わるんですよね。また夜という設定がよく活きているなと思ったのは光と影を用いた表現でした。反射する街灯の光であったり、通行する車のヘッドライトが四葉の顔に当たったり、様々な光源が彼女の移り変わる表情を形作っていました。

ab:そうした静かなシーンから転換して、後半のブランコのシーンに移りますが、四葉がブランコを漕ぎながら積年の想いを告白するモノローグにはやられました。パンフレットで読んで知ったのですが、ブランコのチェーンのデザインを棒状から原作通りの鎖状に戻したという話があって面白かったです。プロデューサーの松川裕也さんの判断だったらしいのですが、この変更についてはどう思いますか?

あにもに:インタビューでも触れられていましたが、ブランコにおける鎖の表現はそのまま文字通り四葉の内面を縛っているという描写として有効ですので、自分は松川さんの判断を支持します。

ab:今回諸々の設定制作資料は以前のものを引き継いでいるらしいのですが、おそらくその都度変更するかしないかという話し合いがあったのだと思います。そういう意味ではものすごく原作を大切に読み込んでいるなと。

あにもに:ブランコのチェーンを鎖状に変更したこともあって、ここでは効果音に注目して欲しいです。ブランコの軋む音だったり鎖の音が鳴り響いているのですが、音量の変化にいくつか段階があるんですよ。

mochimiz:ブランコと鎖の効果音にはいろいろなメリットがあったと思いますが、作画コストの削減は結構重要かなと思います。鎖を作画で動かすのってどう考えても超大変で、ロングショットだとやはりほとんど棒のような動きにならざるを得ないんですよね。それでもあの効果音が鳴っていることで、鎖らしさがちゃんと出ています。

あにもに:しかも結構大きな音で鳴っていて。回想では劇伴もどんどんと大きくなってシーンを感傷的に盛り上げていきますが、現在の場面に戻ると劇伴は消えて、夜の公園の環境音やスカートがはためく音しか聴こえなくなる。そうして四葉に作画でトラックアップすると、「ジャラン」という鎖の音と共に暗転して、最後の最後で劇伴も効果音もすべて無音になって四葉の告白が描かれるんです。この一連のシークエンスのインパクトは絶大でした。

mochimiz:ブランコのシーンはおそらく川田和樹さんが作画されていますよね。

あにもに:川田作画だと思いますね。潮月さんが作画監督をされているパートでもありました。

mochimiz:川田さんの作画スタイルは、ディテールをすごく細かく描く物量タイプですよね。しかもAnime Cornerのインタビューによると、ブランコのシーンは上手すぎて潮月さんがほとんど修正を入れていないそうで。なので視覚的な情報量はとても多いのだけれど、一方で聴覚的な情報量は大胆にカットしている。このコントラストが本当に素晴らしかったです。

あにもに:また、告白前に一瞬だけ風太郎の幻が見えるんです。それだけならまだ手堅い演出だなと思ったのですが、それを鎖の音とともに掻き消した上、四葉が告白した後に、隣の席の空白のブランコをアップで映すんですよ。誰も乗ってない静止したブランコで、それでもキーキーと音は鳴っている。一瞬違和感を覚えるようなショットですが、カットが切り替わると四葉が一人でブランコを漕いでいる引きの絵になる。この緩急の付け方には度肝を抜かれました。

ab:背景を透過光で飛ばして幼少期の頃の姿が映っているカットもありましたよね。そこに画面半分に大きく鎖を垂らしたり、小学生の風太郎の正面スチル写真が4:3の画面比で映ったりして、いろいろな工夫がなされていました。

『五等分の花嫁∽』2話

あにもに:「あの思い出も、この想いも消してしまおう」のところですね。原作では真っ白で台詞オンリーのコマですが、アニメでは過去のスチル写真が様々な画面比で変化して映ったり、両サイドのエフェクトもそれぞれ違った色が付いていたり工夫が施されていました。どんどん先へと行ってしまう一花たちの後ろを付いていき、階段を降りようとするシーンで、四葉が手でみんなを囲うようにハートの形を作りながら「上杉さんが誰を好きになったとしても全力で応援できるようにしないと」と自分に言い聞かせていて、何だか泣けてきました……。

mochimiz:吉澤さんのシーンの組み立てがいかに優れているか、再確認させられましたね。先ほども述べましたが、僕も四葉の想いの表現には本当に胸が締め付けられました。五月派の自分ですが、四葉が報われて良かったなあという気持ちでいっぱいです。今回この感想会で全体を振り返ってみて、あらためてとても綺麗にまとまっていると思いました。四葉が「好きだったよ」と告白するシーンの後も過剰に感動を煽ることなく、自然に映画版に繋がるように静かに幕を閉じるのが印象的でした。

【おわりに】

あにもに:本作はある意味「シャフトらしさ」を把握する上でも分かりやすい作品だと思っています。1期は手塚プロダクション、2期はバイブリーアニメーションスタジオと『五等分』はシリーズごとに制作体制が変わってきましたが、各スタジオごとに特色が違うので、そういった差分を通してシャフトらしさは理解できると思います。

ab:今回「シャフトっぽくない」と言っている人も見かけましたけれども、ある意味ここ数年で最もシャフトらしい画面作りだったと思います。ただ、いつものような分かりやすいシャフトらしさ、例えばシャフ度であったり実写演出であったり、かつてたくさんやっていたような演出は少ないので、そういう意見が出るのも分かります。逆にそういう分かりやすい要素に注目しがちだからこそ、より身近なカット割りや色使い、画面構成などにあまり意識が向かないのかなと。

mochimiz:自分は今回のテレビスペシャル版はお手本のようなシャフト作品とも言えると思ってて、それはやっぱりキャラクター表現が飛び抜けて優れていたからなんです。奇しくも『君たちはどう生きるか』(2023年)と同日公開でしたが、『君どう』はキャラクターを描くということには終始していませんでしたよね。そこの対比も個人的に印象的でした。

あにもに:シャフトはキャラクターものを手掛けると一番輝きますよね。abさんはどの辺りにシャフトらしさを感じましたか?

ab:自分は主に撮影処理の部分です。今期放送しているアニメで『ゾン100〜ゾンビになるまでにしたい100のこと〜』(2023年)にシャフトが制作協力で入っていますが、シャフトが撮影を担当した3話は画面の感触がまるっきり違うんですよ。色みもそうなんですが、特に画面のフィルターの感じと言いますか。

mochimiz:『ゾン100』3話の冒頭で宮野真守さん演じるホストの人がいたじゃないですか。あの人がホストたちを率いて「行くぞ!」と言いながら歩いているカットの色合いの変化もすごかったですよね。

『ゾン100〜ゾンビになるまでにしたい100のこと〜』
3話「ベストフレンド オブ ザ デッド」

あにもに:3話後半のラブホテルの通路で話しているシーンの緑色の光の使い方なども鮮烈でした。

ab:それもありますし、シャフトの撮影は基本的に画面がクッキリ出るように調整をしていると思っています。線の処理にしても結構シャープに出ているというか、今のアニメの主流とは少し違うかもしれないですが、変にまとめてボカしたりしません。シルエットを活かしてきちんと見せたいところを強調したり、線のタッチを生かすような画面処理が多くて、それがいかにもシャフトらしいなとスクリーンの大きい映画館で観ていて感じました。

mochimiz:スタジオの力というのは、コンテや演出、作画だけじゃなくて、仕上げとか撮影とかを含めたもっと総合的なものなんですよね。先ほど挙がっていた久保田社長による日焼けの色のリテイクの話ひとつ取っても分かりやすいです。繰り返しになりますが、本当にお手本のようなシャフト作品だと僕は思っています。

あにもに:宮本監督が「アニメに詳しいファンの方のなかには、シャフトが制作しているということで不安に思っている方もいるかもしれません。でも、変なことはしていません」と冗談めいたことを雑誌の取材で答えていたのが印象的でした。わりと誤解されがちですが、シャフトは原作を無視して好き放題やるようなスタジオではないですからね。

mochimiz:これはあにもにさんが以前ツイートされていたことですけど、宮本監督は「変なことはしない」と自分では言っているものの、やはり他のアニメと比べたら確実に「変」ではあるんですよね。長田さんと吉澤さんのオープニングもそうですし、作中のレイアウトもフレーミングも特徴的で。それにもかかわらず「変なことはしていない」と言ってしまえる宮本監督の美的感覚がすごいということですよね。

ab:宮本監督としてはそれが変なことだとは思っていないんでしょうね。新房監督の方法論をいろいろな面で宮本監督は受け継いでいると思いますが、中でも原作とちゃんと向き合うことを大事にしています。

あにもに:シャフトは原作の良さを最大限抽出してアニメに昇華することに命を懸けているスタジオだと個人的には思っています。だから変なことを第一目的としてやっているわけでは決してありません。

mochimiz:あくまで原作と向き合って誠実に演出をしたらこうなった、ということですよね。

あにもに:まさに誠実さこそが最も大切な姿勢だと思います。実を言うと最初に上映時間が60分と聞いたときは少し短すぎるかなと思ったのですが、蓋を開けてみたらちょうど良いボリューム感でした。

mochimiz:理想的な分量で各キャラクターに焦点を当てていたと思います。とても満足度が高くて、過不足なくやりきってる感じです。

あにもに:ツイッターで感想を検索していると、原作ファンからも好評のようです。ところで皆さん何回観に行かれましたか?自分は現時点で3回です。

ab:まだ2回です。少なくてごめんなさい!

mochimiz:僕は6回行きました(笑)。諸事情あって、たくさん観れるうちに観ておこうと。

あにもに:さすがです!これっていつ頃テレビで放送されるんですかね?

mochimiz:一応夏とはされてはいますけれど……。

ab:8月末くらいには放送されるんじゃないかと。9月になったら時期的にも微妙ですよね。

あにもに:もともと夏に放送する前提で、夏にまつわるエピソードをピックアップしたという側面もあるでしょうしね。それにしてもテレビスペシャル版は本当に期待以上で、幸福なアニメ化であると心の底から思えるような作品でした。

mochimiz:吉澤さんはもちろんのこと、松村さんへの期待も大きく膨らみました。今後例えば西尾維新アニメプロジェクトに関わってくださったらとても嬉しいです。

ab:松村さんは佐伯監督作品と西尾維新アニメプロジェクトの両方で活躍出来る演出家として見てみたいですね。

あにもに:自分はやはりシャフトのコメディの魅力を再発見しました。これからもたくさん手掛けて欲しいですね。

ab:それでは結論としては「『五等分』の新作エピソードと『ニセコイ』3期をお願いします」と叫んで終わりましょうか。

mochimiz:シャフトが描く五つ子たちの物語ももっと見たいし、ニセコイ』は完結までアニメ化して欲しいです!

あにもに:それが今回のオチということで(笑)。本日はありがとうございました。


『もにラジ』の過去回は下記リンクにまとまっています。

【C102 サークル告知】

今年の夏コミにサークル出展します!既刊のみですが、在庫切れだったシャフト批評合同誌『もにも~ど』を新しく刷って持っていきます。創刊準備号の『号外もにも~ど』も少数搬入予定ですので、何卒よろしくお願いします!

8/13(日)C102 東へ18bで待ってます、きっと見に来てくださいね。