「シャフトのスタジオ内には演出の方法論や注意事項をまとめた演出マニュアルが存在する」という話はこれまで様々なインタビューで折に触れて語られてきたことですが、演出マニュアルに書かれている具体的な内容については明かされていませんでした。とはいえ、いくつかの資料と実際の映像を照らし合わせればどのような方針が掲げられているかは十分に推測可能ですので、この場で思い出せる範囲で演出マニュアルに言及している代表的な公式の文献を以下の通りまとめておきます。シャフト作品のある種の傾向を把握する資料として参考になれば幸いです!
もっとも、この演出マニュアルも最初に作られてからすでに10年以上経過していることは間違いなく、何度かアップデートされている痕跡はあるものの今と昔ではシャフトのスタイルもかなり変化したので、現在進行系で参照されている可能性は限りなく低そうです。あらかじめご承知おきください。
「マニュアルではめてるだけかもよ」大槻ケンヂと絶望少女達『林檎もぎれビーム!』
『月刊アニメスタイル』
『月刊アニメスタイル』第4号の「新房昭之のアニメスタイル」は、いわゆるシャフト演出の誕生から発展にいたるまでの歴史的経緯を新房監督が解説している超重要な資料ですが、その中で件の「シャフト演出マニュアル」の話が出てきています。
元々この演出マニュアルはシャフトで最も多く監督およびシリーズディレクターを務めている宮本幸裕さんが作成したものであり、過去の新房作品の演出技法を丹念に調べ上げてまとめている、といった話がされています。演出マニュアルは非シャフト系の演出家にシャフトスタイルを分かってもらうためのものであり、新房監督はこれを「情報のインフラ整備」と呼んでいます。
具体的にどのようなものがマニュアル化されているのかについては明かされていませんが、例えば「(望遠のアングルにして奥行きを)潰すレイアウト」、「(背景に)斜めのラインは入れたくない」、「必ず(画面の中に)抜きをつくる。それでキャラがシルエットになっても、そのキャラだと分かるようにする」といった基本的なシャフト作品に共通する特徴が語られているので、こういった画面設計やカット割りにまつわる演出マニュアルであることがうかがえます。
こうしたスタイルは逆説的に非シャフト系の演出家が多く投入されている作品(例えば世間のイメージとは相反するかもしれませんが、『魔法少女まどか☆マギカ』などは当時のシャフト演出としては傍流に位置づけられる代表的なアニメです)を観れば分かりやすく特徴が出ているかもしれません。
『MADOGATARI展』パンンフレット
シャフト設立40周年展示イベント・MADOGATARI展のパンフレット「久保田光俊×新房昭之×岩上敦宏インタビュー」にて、スタジオ内にシャフト演出マニュアルがあるという言及がされています。
――ここではシャフトさんの映像作りをテーマにお話をうかがいます。「シャフト演出マニュアル」のようなペーパーがスタジオ内に存在するという噂を聞いたのですが、どういったものなのでしょうか。
久保田:よくシリーズディレクターを担当する宮本(幸裕)さんが、各話の演出さんに伝えなければいけないことをマニュアル化したものですね。そうやってシャフト演出、新房演出のレギュレーションをまとめておいて共有できたほうが、現場としてはやりやすいということなんでしょうね。一番最初に作ったころから、更新されているようです。
新房:ただ自分としては、最近は「こういう演出にする」「こういうのは禁止」みたいな指示は、いっさい出してないんですよ。言わなくてもみんなが独自に自分の中で消化して取り組んでいて、その結果、自然とああいう映像になっていますね。
ここで新房監督が述べている「みんなが独自に自分の中で消化」しているというのは、たしかにシャフトアニメを観ていても素朴に感じることで、各話の演出家やアニメーターが皆それぞれ独自に解釈をした「新房シャフトらしさ」を追求しているような感覚を受けます。したがって完全に統一された演出というわけではなく、微妙に生じている新房シャフト解釈の違い、そのわずかなズレのようなところに個々人の作家性の断片が見て取れて非常に興味深いです。
元より演出マニュアルは新房監督ではなく宮本さんが作り上げた点も重要で、つまり言い換えればマニュアル自体が「新房アニメならこうする」というひとつの解釈に過ぎないわけですから、そのモデルをどのように実践的に取り入れていくかが問われていると思います。
ちなみにこの対談では、新房監督がよく使用する作画T.U.(トラックアップ)について「カメラで寄るのではなく作画で寄ると、そのキャラクターの存在感というか、肉体感が浮き彫りになる」と語っていたり、「カットのつながりを気にせず、そのカット単独で進められるようなコンテをめざす」とシャフトのアニメ理論を話しています。
『まじかるすいーと プリズム・ナナ THE ANIMATION 1.5 MAKING BOOK』
最終チェック中です。イベントで配布予定です( ‵ᴗ′ ) pic.twitter.com/3H0ZHdzCQv
— PRISM NANA PROJECT (@prismnana1) 2015年11月19日
『まじかるすいーと プリズム・ナナ THE ANIMATION 1.5 MAKING BOOK』にて、『希望のアドバンス』のキャラクターデザインを務めた潮月一也さんが演出マニュアルについて触れています。シャフト作品では画面の手前にキャラクターが大きく映り込むような「人物ナメ禁止」が徹底されているが、しかしながら『プリズム・ナナ』においてはそうした画作りのルールをあえて取り払って作っている、といった実に興味深い話がされています。
『PRISM NANA THE ANIMATION VOL.1 夢叶えたい…!? 希望のアドバンス[前編]』より
シャフト作品では珍しい人物ナメのレイアウト
またこれは余談ですが、『新房語』に収録されている「新房昭之×鈴木博文インタビュー」では、新房監督が「人物ナメ」、「マルチボケ」、「ピン送り」を好ましくない演出例=「説明の演出(物語の説明になるような演出)」として挙げています。
これは実際のシャフト作品の映像を見れば明らかなように、例えば画面の視線誘導を組み立てる場合はあくまで色や影の入れ方、シルエットやコントラストを調整して行うことが多く、絵の要求度が一般的なアニメとは異なる水準にあるのが分かります。もしかするとこうした演出の方針もマニュアルに記載があるのかもしれません。
『まどか☆マギカ10周年記念番組』
オーディオコメンタリー
久保田光俊(プロデューサー)
宮本幸裕(シリーズディレクター)
谷口淳一郎(総作画監督)
岡田康弘(アニメーションプロデューサー)
石川達也(『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』プロデューサー)
藤津亮太(MC)
チャット出演:劇団イヌカレー 泥犬(異空間設計)
『魔法少女まどか☆マギカ』10周年記念番組の第5話のオーディションコメンタリーにて、当時参照されていた演出マニュアルの話題が挙がっています。「クイックT.B.禁止」、「一点透視禁止」、「流背禁止」、「スライド禁止」、「人物ナメ禁止」など具体的な禁則事項が宮本さん本人の口から語られています。
また、アニメーションプロデューサーの岡田康弘さんが「(マニュアルを)最近見返す機会があった」と発言していたのは、当時『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』の制作期間中だったからと推察されます。
先日の「まどか☆マギカ10周年記念番組 ~オーディオコメンタリー」第2回で話題に挙がっていた演出マニュアルの話で、シャフトでは流背やクイックT.B.が禁じられているという話は、当然だがあくまで作品ごとに使い分けられているという認識が大事と思われる。
— あにもに (@animmony) 2021年3月15日
シャフトの演出マニュアルとえいば、たしかに『魔法少女まどか☆マギカ』の頃はクイックT.B.はNGだったようで周到に排除されているように見えるけれど、クイックT.U.は特に禁じられていないようで、一部のシーンで普通に採用されており、そこに新房監督の画作りの意識が垣間見られるという話がある。
— あにもに (@animmony) 2021年3月15日
ここであらためて注意しておかないといけないのは、この演出マニュアルは必ずしも忠実に遵守されなければならない鉄の規律というわけではなく、どこまでいってもひとつの指針に過ぎないということだと思います。各作品をきちんと観れば演出も柔軟に使い分けられていることは一目瞭然ですし、むしろ完璧に守られている作品の方が少ないと言えそうです。シャフト演出マニュアルは斧乃木余接風に言うならば『例外のほうが多い規則(アンリミテッド・ルールブック)』であることを正しく意識しなければいけません。大事なのは演出マニュアルそのものではなく、あくまでもアニメそれ自体なのです。
『終物語』第3話「そだちリドル 其ノ貮」