もにも~ど

アニメーション制作会社シャフトに関係するものと関係しないものすべて

『もにラジ』第0回「演出家大谷肇について」

あらゆるシャフト作品を語る『もにラジ』第0回の収録が7月某日行われました。元々はシャフトファン同士でだべる会を不定期でやっていたのですが、最近はオンラインでやるようになり、思いつきでラジオ形式で録音をしてみました。以下はその様子を文字に起こしたものです。お便りとファンアートはあにもに(@animmony)のDMまで。どしどし募集中です!

◆参加者プロフィール

f:id:moni1:20200721220515j:plain 苔(@_johann_hedwig

新房昭之の追っかけで貴重な時間を無駄にしているオタク。
『劇場版 The Soul Taker 〜魂狩〜』が実在すると思いこんでいるし『本当に』実在している。

f:id:moni1:20200721220522p:plain にもに(@animmony

シャフトアニメをのんびり観るオタク。愛の神。
座右の銘は「魔法少女って最強で、最高で、最笑!」

【はじめに】

通話を開始してから『かぐや様は告らせたい?〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』(2020年)と『かくしごと』(2020年)について長々と雑談してしまった事情によりカット

f:id:moni1:20200721220042p:plain※収録風景

【大谷肇さんについて】

 あにもに:本題に入りましょう。本日はよろしくお願いします。当初『もにラジ』は別のオタクとやる予定だったのですが、そのオタクが4割しか生きていないとの報告を受けまして、急遽苔人間さんに来ていただきました。

苔:苔人間です。よろしくお願いします。

f:id:moni1:20200721220045j:plain
※6割くらいは死ぬオタク

あにもに:自分は苔さんのことを勝手に「シャフト最強オタク」と呼んでいるのですが……。

苔:いえいえ、とんでもないです。狂っている方の最狂です。

あにもに:狂っているんですね~。苔さんに来ていただいたからには、シャフトガチ勢として『アサルトリリィ ラジオガーデン』やスタジオIGUSA-1の話などをしたいところなのですが、今回は演出家の大谷肇さんについて話していきたいと思います。

苔:最近とにかくすごいのは大谷さんですね。

あにもに:大谷さんといえば、現在シャフトで最も熱い演出家です。全世界のシャフトファンに「今一番注目している演出家」で緊急アンケートを取ったら、おそらくトップは大谷さんか吉澤翠さんでしょう。はじめに簡単に経歴を確認しておくと、大谷さんは元々イマジン出身の演出家で、マッドハウス作品などを主にやられていました。『NEEDLESS』(2009年)や『ウルヴァリン』(2011年)の助監督などもやっています。

苔:他にもOVAの監督などもやっていました。

あにもに:やまねあやの原作の『異国色恋浪漫譚』(2007年)ですね。ご覧になりましたか?

苔:はい、観ました。

あにもに:さすがです。私もDVDを持っていますが、いわゆるBLアニメで直接的な濡れ場があったり、結構刺激が強めな作品です。また他にも何本かBL作品をやっていました。その後、しばらくしてからシャフトで作品を手掛けるようになります。〈物語〉シリーズや『幸腹グラフィティ』(2015年)などを経て、シャフトの常連演出家になり、最新の『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020年)でも2話の絵コンテを担当されました。詳しい情報は各々調べてもらうとして……ざっくり苔さんから見て大谷さんの印象はいかがでしょうか?

苔:『異国色恋浪漫譚』もそうですが、大谷さんが絵コンテ・演出を担当した『NEEDLESS』のオープニングアニメーションなどを観ると、シャフト以前から凝ったカッティングや大胆に画面外を考慮したレイアウトを選ぶ傾向のある演出家ではあったようなのですが、「新房シャフト」に参加されるようになってからは新房昭之監督の特徴的な演出と、シャフトアニメの中で蓄積されてきた手法を非常によく研究されていて、それを応用して演出される方という印象です。

あにもに:なるほど。シャフト演出の研究と応用ですか。

苔:先ほど述べたように比較的傾向がはっきりとしていた演出家ではあるのですが、尾石達也さんのように自身のセンスを重要視して個性を全面に押し出すタイプではなく、あくまで「新房シャフト」というある種の制約の中で、様々なアニメーションの技術を組み合わせている。非常に切れ味の鋭い演出をされる方だと思います。

あにもに:尾石さんや大沼心さんは「新房シャフト」の初期から参加されていた、いわば第一世代にあたる方々ですよね。この世代は新房監督とはまた異なった独自のセンスを発揮して、新房監督の作家性と格闘しながら共同で「新房シャフト」の方法論を作り上げていった。それに対して大谷さんは、第一世代の演出家が抜けた後の演出家と言っても良い。厳密にいえば被っている時期もあるのですが、いずれにせよシャフトが築き上げていった方法論がすでにあって、大谷さんの手法はそこからの偏差として捉える必要があるかと思います。そういう意味で「新房シャフト」という歴史的観点は重要かもしれません。

苔:大谷さんが最初にシャフト作品に参加されたのは2011年ですよね。

あにもに:たしかかってに改蔵』(2011年)4話です。ちょうどこの時期の前後で、元マッドハウスのアニメーションプロデューサー岩城忠雄さんがシャフトに関われるようになって、マッドハウス系の人脈がシャフト作品に多く参加するようになりました。

苔:その時点ですでに『さよなら絶望先生』(2007年)、『ひだまりスケッチ』(2007年)、『化物語』(2009年)などが作られていて、人気作品になっています。2011年だとすでにシャフト演出は完成されていると見て良いでしょうね。

あにもに:分かりやすく言えば、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)以後の演出家として現れるわけですね。シャフト演出がひとつの確立を見たあとの演出家として位置付けることができる。これは吉澤さんについても同じことが言えると思います。

苔:その中でも大谷さんは非常に挑戦的な映像の組み合わせ方というか、アグレッシブな絵コンテを切ります。主観ですがシャフトの演出に慣れていない演出家の担当回だと一般的なアニメ演出の文法を基準に、そのつど過去のシャフト作品の外れ方を引用していくというか、「シャフトならこうするだろう」といった感じで感覚を調整しつつ絵のイメージを組み立てていると思うのですが、大谷さんはシャフト演出、あるいは新房演出そのものの構造を深く理解する過程を経る事で、最初からシャフト演出の文法として構成した映像を組み込んでいらっしゃるような感覚があります。

あにもに:構造の把握ですか。ちなみに苔さんが大谷さんを最初に意識したのはいつ頃からですか?

苔:最初に注目したのは『3月のライオン』(2016年)の第2シーズンです。テンポの取り方が上手い方だなと思いました。『ニセコイ:』(2014年)の11話と12話でも同じような感じはありました。

あにもに:自分はまさに『ニセコイ:』の11話で本格的に意識するようになりました。特に後半の小野寺の中学時代のエピソードです。原作に描かれていた1枚の挿絵からイメージを膨らませた1分少しのオリジナルシーンがあるなど驚きました。しかも一発でオリジナルだなと分かる雰囲気が出ていた(笑)。あと冒頭の手を使った演出もオリジナルですよね。

f:id:moni1:20210626010102p:plainニセコイ:』第11話「オハヨウ」

苔:ニセコイ:』は11話が大谷さん絵コンテで、演出が岡田堅二朗さんです。逆にその次の12話が岡田さんと数井浩子さんが絵コンテで、大谷さんが演出をやっています。この二つを比較すると、大谷さんの処理演出としての上手さを感じます。発想の引き出しが幅広く、処理演出の暴れっぷりがはっきりしているというか。

あにもに:たしかに対になっていますね。今思い出したのですが、最近新房監督が大谷さんの『3月のライオン』19話と、吉澤さんの『続・終物語』(2019年)5話の演出を書籍上で褒めていました。

苔:大谷さんについてはBlu-rayのブックレットインタビューで触れられていましたね。新房監督が大谷さんの絵コンテを見て「うなった」と言っていたのが印象的でした。

あにもに:「うなった」ですか?

苔:「うなった」は新房監督がなかなか使わない表現で、かなり珍しいんです。私の記憶が正しければ、尾石さんの『ネギま!?』(2006年)OPを見た時に新房監督が「うなった」と仰っていました。あとは記憶が定かでは無いのですが、笹木信作さんにもうなっていたような気がします。つまり、大谷さんは新房監督を「うならした演出家3人目」ということになります(笑)。

あにもに:なるほど(笑)。『3月のライオン』では新房監督が大谷さんの19話の絵コンテを見てうなって、OP2のディレクターを依頼したという経緯が語られていました。今回は、大谷さんの演出で直近に担当された『3月のライオン』、『続・終物語』、『マギアレコード』の3作品を取り上げて、好き勝手あれこれ言っていく形にしたいと思います。

 

【『3月のライオン』について】

あにもに:まず先ほど話題に挙がった『3月のライオン』ですが、大谷さんのフィルモグラフィーの中では一番多く演出を担当されています。

苔:1期と2期合わせて6話分参加されています。次に多いのが『クビキリサイクル』(2016年)で、計3話です。

あにもに:大谷さん演出回で際立っていて面白いのは23話、34話、それと44話でしょうか。苔さん的にはいかがですか?

苔:主観的な話になるのですが、まず1話1話全体の構成を捉えた時に、演出のバランスが良いなと思いました。ブレないというか、よく練られた演出だなという印象ですね。

あにもに:自分はバランス型というより、かなり攻めているなと思いました。『3月のライオン』は画作りの面でも原作の雰囲気を壊さないように慎重に作られている作品ですが、大谷さんの担当回では原作準拠でありながら、独創的なことをやろうという意志がはっきりと読み取れます。例えば、34話は原作でも人気が高いひなたのいじめ編ですが、学校のクラスに漂う見えない「黒い霧」の表現が見事でした。同じアニメを見ているとは思えないくらい色のトーンがガラリと変わって、また激しいカット割りも相まってアニメならではのパワフルな演出でした。

f:id:moni1:20210626005349p:plain3月のライオン』第34話「Chapter.68 黒い霧」

苔:34話は見事でした。終わりの方まで大部分がシリアスな展開となる話数ですが、映像も「新房シャフト」において一種のお家芸となっているホラー映画風の演出を中心に展開していて、そのため以前の話数とはケタ違いの強度の恐怖と緊張で構成されていました。

あにもに:たしかに不気味さの調和のさせ方がホラー映画のテイストですよね。

苔:それでいて単なる改変では無く、あくまで『3月のライオン』という作品の表現したいもの、表現してきたものの意味を変えることがないようにキャラクターの心情のふり幅をそのまま捉えたバランスで構成されていました。1話数の演出の傾向と他の話数の違いで似たような例を挙げると、新房監督コンテ回の『ひだまりスケッチ』5話「こころとからだ」がありますが、単純に演出の特殊性を比較すると、新房監督コンテ回のそれに匹敵する完成度になっているように感じ、大谷さんの構成力とコントロール力が発揮された話数だなと思いました。

あにもに:ひだまりスケッチ』5話は風邪を引いたゆのが寝込んで不思議な夢を見る有名な回ですね。シャフト演出のある種のパターンといえば、最終話のAパートもやはり注目したいです。ほぼ全編にわたって止め絵で繋ぎつつ、動かすところは明確なテーマに基づいて動かす、というシャフト演出の極地のようなエピソードです。この話を最後に持ってくる見事なシリーズ構成で、それでいて大谷さんの演出も最高にフィットしています。

f:id:moni1:20210817173538p:plain3月のライオン』第44話「もうひとつの家」

苔:3月のライオン』BD最終巻のブックレットによると、最初に「Aパートは全カットすべて定尺で止め絵でいきたい」という新房監督の指示があったそうで、そもそもは大谷さんから出たアイデアではないですが、いざ指示されたとしてもそう簡単にはできない挑戦的な構成でしょうね

あにもに:新房監督のやりたいことを受け止めて自分なりに翻案できるという意味では正しく宮本幸裕さんっぽくもあります。あとは23話のアバンもすごく良いですよね。あそこは原作には存在しない、数少ないアニメオリジナルのパートです。

苔:1期1話を技術、インパクト、心理描写においてさらに進化させた形ですよね。

f:id:moni1:20210626005550p:plain3月のライオン』第23話「Chapter.46 西陽」

あにもに:まさしく1期1話の反復であり、第2シーズンの最初のエピソードということもあって、身体的にも精神的にも変わりつつある零の姿を描いた素晴らしいアバンです。あのアニメオリジナルのパートも新房監督のオーダーだったようですが、演出的にもいろいろと変わったことをしていて、1期の質感とは違ったものに仕上がっています。

苔:大谷さんはインサートという形でアニメオリジナルの描写が多い気がします。非常にアグレッシブなカットが多いので、「これは原作にはないんだろうな」という感触がありつつも違和感がないというか、画作りに原作らしさを出すのとは違って、むしろ原作とは方向性の異なる演出が大半なのですが、それでも統一感が出ているところは何をどう演出するかというところでの純度の高さを感じます。

あにもに:原作との比較という点で考えると、OPが分かりやすいかと思います。1期後半のOP2「さよならバイスタンダー」が大谷さん担当です。私は『3月のライオン』のOPはすべて良いと思っていて、10GAUGEの依田伸隆さんがディレクターをされた2期後半のOP4「春が来てぼくら」も撮影の技術が楽しいですよね。

苔:作画的な意味では一番最初のOP1が好きです。演出的な意味では私もOP2が良いと思っています。

あにもに:OP2は前半のOPと比べながら見る必要があって、まずOP1はとにかく暗い。BUMP OF CHICKENの『アンサー』自体に暗い印象はあまりないのですが、映像的にはキャラクターは零しか登場せず、本編でも描かれるような「孤独」がとことんフィーチャーされています。それと比べると、OP2は打って変わって爽快感にあふれている。登場人物は勢揃いだし、もちろんBL影なんかもついていない(笑)。

苔:雰囲気が全然違いますね。OP1は絵コンテ演出を担当された浅野直之さんによるとマイク・ミニョーラや新房監督の指示でジョン・ヴァン・フリートを参考にしているそうですし。

あにもに:マイク・ミニョーラの『ヘルボーイ』が『3月のライオン』にも入り込んでいる(笑)。そしてOP2は何をおいてもサビが最高です。爽快感とはまた変わって、作中で最も力強いシーンと言っても良い。

苔:油絵風のタッチの処理がなされているシーンですよね。エネルギーを感じさせる。

あにもに:ライバル棋士達の内なる闘志が最高の形で描かれていると思います。田中宏紀さんが作画をされているパートですが、あそこの表現は何回見ても飽きない最高の映像です。どうやってやっているのか……。

f:id:moni1:20200721215631p:plain3月のライオン』OP2「さよならバイスタンダー

苔:あのパートは油絵風に表現することを前提として作画していて、撮影と仕上げのセクションで加工している感じだと思いますが、油絵のタッチをどう再現するかは映画『ゴッホ 最期の手紙』(2017年)も参考にしているそうで、最新の技術を使った挑戦的な映像ですね。

あにもに:シャフトは昔から昔から伝統的に仕上げ部門が強い制作会社ですからね。色のセンスにはいつも感心します。また『3月のライオン』では「水の表現」が一貫したテーマになっていますが、このOPも最初の導入からして川と橋が描かれていますね。原作の1巻表紙にもあります。

苔:OP1も全編にわたって水で、1期1話のファーストカットも水で始まりました。

あにもに:それに関連してタイトルロゴが水面のように揺らぐエフェクトもあります。これをやっているのは大谷さんのOPだけです。

苔:そこは気付きませんでした。

あにもに:タイトルが出た後、零の自室が映し出されるわけですが、床に置かれた眼鏡を拾い上げるシーンから始まっている。これはOP1のラストカットからイメージを拾っていて、OP1との連続性/変化を感じさせる細やかな演出です。また登場人物の紹介カットで四季が巡りますが、自分は最初に観た時にどことなく『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』(2013年)のOPを思い出しました。

苔:なるほど。遊園地のシーンですね。

あにもに:あれは世界線的にあり得ない光景で、かえって可能世界の虚構性を暴露する効果があったかと思うのですが、『3月のライオン』では正反対ですよね。そこに確かな形で実在している、という現実感を示す季節のめぐり。キャラクターのクロースアップがその印象を決定づけている思うのですが、あそこは伊藤良明さんの作画パートですよね。川本家の面々の説得力が見事です。それと髪なびきも特徴的です。ほぼキャラクター全員の髪をなびかせている。ワイプの仕方も面白くて、香子の髪ワイプなどがある(笑)。

苔:それに加えて将棋のイメージをはっきりと打ち出しているのも特徴的だなと思いました。

あにもに:たしかに他のOPでは将棋は出てきません。おそらく全体として将棋をあまり出さない、という方針があったのでしょう。そう考えると、大谷さんのOPは将棋の駒のアップや宗谷名人が将棋を指しているカットなどがあって例外的と言えそうです。

苔:宗谷名人のカットは最高ですね。

あにもに:その前の油絵風のカットと比べると、宗谷名人のシーンはデジタル感がずいぶんと強調されている。

f:id:moni1:20210815022755p:plain3月のライオン』OP2「さよならバイスタンダー

苔:むき出しのデジタル空間というか。

あにもに:他の棋士達の闘志とは無関係に規格外に強く、ただただ圧倒的であるということを示す印象的なカットです。それを裏付けるように対戦相手が不在であるということが示されて、一人で黙々と打っている。まさに「神さまの子供」に相応しい姿です。

苔:それと棋譜が床一面に描かれているという文字演出もあります。

あにもに:そういえば文字演出ですね。本編ではたくさん取り入れていますが、OPに入るのは最近何かありましたっけ?

苔:大沼監督の『囮物語』(2013年)のOPや尾石監督の『CRYSTAR』(2018年)など、「新房シャフト」の発展期で活躍してきたお二人によるものを除けば、最近は無かった気がします。

あにもに:あ、たしかに『CRYSTAR』がありました。

苔:文字を使った演出は両氏が関わったシリーズを除くと年々あまり使われない傾向にあって、特に文字そのものを空間を構成するために使うのはすでに近年のシャフト演出の傾向とは異なるものですので、大谷さんのOP2はある意味で今までにない表現に対して挑戦した物でありながら回帰の意味合いもある、シャフト演出の発展期の方法論に近いものを感じます。

あにもに:なるほど。文字の空間構成に関する指摘は鋭いと思います。大谷さんがタイポグラフィを今後どう使っていくのかは気になるところです。このOPは本編で進行している物語展開的にも、今ここで描かれるものとして最上の要素が詰まっていると感じました。

【『続・終物語』について】

あにもに:続いて『続・終物語』について話しましょう。大谷さんは6話の演出を担当されていて、『3月のライオン』に引き続き連続して最終話をやっているということになるかと思います。これは大谷さんの手掛けた中で相当アヴァンギャルドだと思うのですが……。

苔:かなり攻めていますよね。

あにもに:そもそも尾石さんがヌーヴェルヴァーグを意識して『化物語』を作ったと言っている通り、〈物語〉シリーズ自体がアヴァンギャルドの文脈で語られがちな作品です。

苔:その中でも尖っていると思います。〈物語〉シリーズや過去のシャフト作品のみならずTV版『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモトヨーコ』(1999年)を参照したかのような演出があったり度肝を抜かれました。

あにもに:シャフトをアヴァンギャルドに位置付けることは必ずしも正確とは言えないと思っているのですが、しかしながらユニークであることはたしかです。苔さんは大谷さん演出回の中で『続・終物語』6話を一番評価されているんですよね。

苔:現時点で最高傑作だと思っています。系統立って大谷演出と呼べるようなものが存在するのかはまだはっきりと分からないのですが、『続・終物語』6話は新房演出のオマージュと手法の再現に極振りしている印象ですね。ある種実験的な演出の連続で、今後あるのかどうか分からないレベルでした。正直度肝を抜かれましたね。

あにもに:具体的にはどの辺りでしょうか?

苔:色使いや構図もそうですし、あるいは実写演出などの手法もすごかったです。新房演出に可能な限り近づくという方向性で固められていて、今まで受け継がれてきた〈物語〉シリーズの演出をあえて破壊するような、二度とないような演出の連続でした。

f:id:moni1:20210626010454p:plain続・終物語』第6話「こよみリバース 其ノ陸」

あにもに:なるほど。6話は阿良々木と忍野扇の2人の対話がほとんど比率を占めるわけですが、ディレクション的に難しそうです。搦め手というか、手を替え品を替えというか。色変えや止め絵、実写素材の挿入などお祭りのようなエピソードでした。

苔:〈物語〉シリーズでは3人あるいは2人以下だけで会話が進むエピソードはこれまでにもたくさんありましたよね。

あにもに:今ぱっと思いつくのだと、紺野大樹さん作画の絵巻物でキスショットの過去が語られる「しのぶタイム 其ノ貳」や、歯磨き回で有名な「つきひフェニックス 其ノ壹」とかでしょうか。大谷さんの演出回という意味では、『終物語』(2015年)の「そだちロスト 其ノ貮」も阿良々木/羽川/老倉の3人だけの会話劇でした。『続・終物語』6話で重要なのは、その相手が忍野扇であるという事実でしょうか。

苔:そうですね。忍野扇自体が怪異ということもあって、演出の自由度はかなり高そうです。

f:id:moni1:20200721215635p:plain続・終物語』第6話「こよみリバース 其ノ陸」

あにもに:扇といえば、これはノンクレジットですが5話のラストも大谷さん絵コンテでした。自分が一番びっくりしたのは、やはり最後のカットです。歴代のタイトルロゴがフラッシュされるシーンで、ラストは戦場ヶ原のシャフ度で終わる。劇場で先行上映を観た時に思わず座席から転げ落ちそうになりました。ここの映像的意義については、『アニクリ』という批評誌に「『続・終物語』と始まりの物語――超越的・歴史的・自己反省的シャフ度について」という文章を寄稿させていただきました。

苔:すごいですよね。ブックレットの記事を参考にすると、おそらく新房さんの修正も入っていないんじゃないかなと思います。大谷さんのアイデアなんじゃないかなと。

あにもに:吉澤さんが絵コンテを担当された1話冒頭で、〈物語〉シリーズの単行本が飾られた本棚を長回しのPANダウンで見せるという圧巻のショットがありますが、奇しくもこのシーンと連動しているようで感動しました。おそらく1話を直接的に参照したわけではないのでしょうが……。

苔:たぶん1話を踏まえて作れるような制作スケジュールではなかったかと(笑)。全体を総括するようなエピソードということもありますけれど、結果的に心に来る演出ですよね。

あにもに:スケジュールのピンチっぷりはいつも通りですね。『続・終物語』の最終話はシリーズの総決算でもあり集大成なので、ハードルは相当高かったと思うのですが、大谷さんは力技で見せてくれました。

苔:大谷さんは〈物語〉シリーズ全体にはそれほど関わられていないですよね。

あにもに:たしかにそうですね。

苔:偽物語』(2012年)9話の絵コンテと『終物語』5話の演出処理のみです。

あにもに:一般的に人気が高いセカンドシーズンなどには関わっていないということになりますね。

苔:つまり〈物語〉シリーズの演出を踏まえていると言うよりは、大谷さんが持っている高い演出力を買われて、続きものとしての演出というより、あらためて刷新するという思いがあるというか。小説などでも著者ではない人があとがきを書いていたりしますよね。それに近いと思います。

あにもに:なるほど、外部の視点を導入しているということですか。大谷さんが最終話を担当すること自体がきわめて批評的である、と。そういえば『続・終物語』のパッケージ特典に収録されていた演出家座談会のインタビューがありますが、あれは読んでいて驚きました。それこそ度肝を抜かれました(笑)。

苔:ぶっちぎりで大谷さんがヤバいですよね。インタビューの長さとしてはそれほど長くないのですが。

あにもに:長くないにもかかわらず、一番ヤバいことがしっかりと伝わるという本当のヤバさ!演出に対する貪欲な追求の姿勢というか、作家としての矜持が炸裂しているというか……。

苔:大谷さんが担当してない他のエピソードについて別の演出家が話している時でも、技術的なことをどうやってやったのか/どういう指示を出したのかなど積極的に質問していました。

あにもに:一番すごいのは、絵コンテに入る新房監督の修正を自分で模写し続けている、という話です。つまり模写することで新房監督のセンスをつかもうとしているということですよね。

苔:しかも模写するだけじゃなくて、新房監督のルーツを探るべく、何を参考にしているのかなどを監督に聞きまくっているらしくて。

あにもに:先ほども触れましたが、研究家というか、「新房シャフト」への歴史的意識が相当高いですよね。そういう意味でも、〈物語〉シリーズにあまり参加してこなかったというのは、なかなか重要に思えてきました。

苔:「新房シャフト」を乗り越えようとする意志があるのではないでしょうか。

あにもに:大谷さんは「誰よりも演出で目立ちたい」といろいろなインタビューで公言しているわけですが、それを〈物語〉シリーズで成し遂げてしまうというのが衝撃的です。

苔:一番目立ちたいと演出家が自ら言うのは珍しい気がします。なんとなく尾石さんを彷彿とします。

あにもに:たしかに尾石さんの系譜かもしれません。大沼演出は吉澤さん、尾石演出は大谷さんが継いでいると一部では言われていて、少々図式的すぎると思っていたのですが、あながち外しているというわけでもなさそうですね。

【『マギアレコード』について】

あにもに:そろそろ『マギアレコード』の話に移りましょう。大谷さんは『マギアレコード』でディレクターを担当されると思っていたのですが、実際に絵コンテを切ったのは1話のみでした。

苔:もしかしたら別の作品に参加されているのかもしれません。

あにもに:『マギアレコード』2話は大谷さんの演出の中でも変わった回だなと思いました。というのもこれまで取り上げた2作と比べると、演出的には相当真面目というか堅実な印象があります。

苔:たしかにイメージシーンもおとなしめですし、インサートカットもそれほど変わってはいないですね。

あにもに:ただ実際に見てみると、アバンからものすごく凝っていますよね。

f:id:moni1:20210626005902p:plain『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』第2話「それが絶交証明書」

苔:冒頭のタイムラプス的な演出はあまりシャフトではやってこなかった印象があります。ああいうタイムラプス的な演出は新房監督が『コゼットの肖像』(2004年)よりもっと前、『The Soul Taker 〜魂狩〜』(2001年)以前の作品でやっていますよね。そこから引っ張ってくるのかという(笑)。ただ基本的にはおとなしいですね。

あにもに:あの演出の参照元が新房作品なのかは分かりませんが(笑)。全体を俯瞰してみると、『マギアレコード』は『3月のライオン』や『続・終物語』ほど前衛的なことをやっているわけではない。ただ実は個人的に大谷さんの演出で一番傑作だと思っているのは『マギアレコード』の2話です。

苔:そうなんですね。どこら辺を評価されているんですか?

あにもに:まずこの2話は絶交階段編のホラーテイストでありつつミステリを含んだような雰囲気を的確に捉えられているのが上手いなと。作中ではまだウワサというのが何だかよく分かっていないし、魔女とは異なる存在であるということも判明していない状況です。正体不明なものの不気味さをどう表現するかという点で2話は素晴らしい。もちろん『魔法少女まどか☆マギカ』の外伝なので、3話までに何かしら仕掛けてくるだろう、という視聴者の期待の地平がある中においてです。苔さんは原作のゲームはプレイされていますよね。

苔:もちろんプレイしています。

あにもに:ゲームをやっている方なら分かると思うのですが、「絶交階段のウワサ」はだいぶ改変されていますよね。物語の展開も違いますし、そもそもウワサそのものの内容も大幅に変わっている。

苔:ビジュアルも異なりますし、設定も変わっていますね。

あにもに:原作にあった「絶交ルール」がなくなっていて、「絶交階段に名前を書く」とウワサが発動する、といった設定に変わっています。「学校の怪談」っぽいというか、ベタに都市伝説風の演出がしやすくなっている。ここら辺の設定考証は劇団イヌカレーの泥犬監督によるものだと思いますが、王道展開ながら手際よくまとまっていると思います。その絶交階段をどう演出するかという点で、大谷さんの演出は面白かった。

苔:具体的にどの辺ですか?

あにもに:まず、階段のイメージのヴァリエーションが挙げられます。ハンバーガーショップの店内、「絶交階段のウワサ」の説明場面、ゲームセンター内、そして実際の絶交階段と、4種類ほど階段が出てくるのですが……。

苔:「絶交階段のウワサ」の説明場面は『少女革命ウテナ』(1997年)っぽい感じでしたね。

あにもに:シャフトと『少女革命ウテナ』の関係についてはそれだけで1本論文ができちゃうので、また別の機会を設けて話しましょう(笑)。ここで重要なのは、最後に描かれる絶交階段以外、劇中で登場する階段がどれも著しく立体感に欠けているという点です。

苔:なるほど、たしかに平面でした。

あにもに:普通なら階段を描く際に段差や踏面を表現するべく、奥行きを付けた立体的な構造で描くと思うのですが、ここではすべてフラットに描かれています。少しアングルを付けて描きたくなるところを、あえて平面的なレイアウトをとっている。

苔:そうですね。

あにもに:例えばゲームセンターでレナが駆け抜ける約1秒のカットがあります。ここのカットは手前にナメ物としてアーチのようなオブジェクトがあり、キャラクターも俯瞰気味に描かれているので、かろうじてレナが階段を降りているということが分かるのですが、あまりにも階段の奥行きがないので、一見すると階段を上っているのか降りているのか分からないという事態が発生している。

苔:その直前のカットで一応分かるといえば分かるようにはなっていますね。ただ、そもそもこのカットだけだと階段ですらなくて、床の模様のようにも見えてきます。

f:id:moni1:20200721225413p:plain『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』第2話「それが絶交証明書」

あにもに:当時ネット上で2話の感想を検索していたのですが、ここの場面について「レナが階段を上っている」と言っていた人がちらほらいました。

苔:たしかに私も実際にオンエア時、初見では分かりませんでした。

あにもに:何が言いたいのかというと、レナが階段を上っているのか、それとも降りているのか、という問題ではなく、それよりも誤読を誘うようなレイアウトそのものが面白いということです。なぜ、これほどまでに分かりづらいカットになっているのか。ここでラストショットの絶交階段を見てもらいたいのですが……絶交階段にレナとかえでの名前が刻まれていることを示すシーンです。ここの階段はカメラワークの付け方や光の加減で一気にリアルなものとして描かれています。

f:id:moni1:20200721215638p:plain『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』第2話「それが絶交証明書」

苔:ここの階段だけ他と違って3DCGで表現されていますね。

あにもに:この対比表現にまず驚きました。序盤でぼんやりとした違和感を忍ばせておいて、最後に3Dをこのように使うのか!と。しかも前半では激しくカットを割りながら、ラストはゆっくりとした長回しで見せています。最後の仕掛けが素晴らしく決まっています。シャフトの表現論では平面性がよく取り上げられますが、実際は平面と立体の交差こそが重要なのであって、そのことを意識的に仕掛けとして利用したのが2話だったと思います。

苔:なるほどです。

あにもに:また、このシーンでは足音が特徴的に響いていますが、この足音が誰のものなのかは分からなくなっている。ここら辺のSEの扱い方に関しては『3月のライオン』の34話を彷彿とさせます。担任教師の倒れる瞬間の音だけが聴こえないというシーンです。

苔:完全にイメージ上というか、抽象的な意味における足音ですね。

あにもに:さらに付け加えるならばアバンの音の使い方も面白い。いろはが里見メディカルセンターの中をキャリーバッグを引きながら妹に会いに行くシーンです。ここではガラガラとキャリーバッグを引く音が聴こえるのですが、いろはの足音だけが聴こえてこない。身体が透明化されているというか、アクションそのものが記号化されています。ここの不可視化された身体のイメージがラストのショットと対になっているようでもあって、周到な演出だと思いました。

苔:アバンの足音とラストの足音は異なる演出意図で作られているものだとは思うので、そのつながりを意識したものなのかは分かりませんが、エピソードとしては成立してますね。

あにもに:まさにシャフト演出の文脈として考えられるのですが、キャラクターの身振りが強調され、その中間地点がことごとく省略されていたりしています。そのおかげで後半の生々しさが立ち現れてくるというか。

苔:たしかにそうですね。

あにもに:その他に苔さん的に印象的な場面はありますか?

苔:ハンバーガーショップでの会話シーンですね。ステッカーが背景に現れては消える。舞台からして非常によく設定された密室空間ですし、背景の文字で心情を語るというのは、むかしの黒板ネタを思い出させるような感じがします。

あにもに:あ、たしかにここの背景演出は黒板ネタの系譜と言えますね。

苔:非常にシャフトらしい演出だと思いました。シャフトの演出を踏まえつつ、作品世界に合わせたものです。また劇団イヌカレーさんのアートワークでいろいろな副次的な意味を背景に含ませていますよね。劇団イヌカレーさんのアートワークの融合を前提にしたようにも思える空間の捉え方だな、と思いました。

あにもに:そうですね。単純にキャラクターの心情を補足的に付け足す以上の効果があるというか。

苔:イヌカレーさんの表現を巧みに取り入れていて、計算された演出だなと思います。

あにもに:魔法少女まどか☆マギカ』では文字演出は比較的控え目だったのですが、『マギアレコード』では全面的に展開していました。いろいろと寓意はあると思うのですが、自分は一貫してある種の自己言及的な態度を感じました。個人的に興味深いのは調整屋のシーンです。舞台演劇のようなレイアウトを取っていて、書き割りのような背景、柱、そしてそこら中に小物が置かれている。それぞれの配置もカット毎に変わっていたりして、カメラも適切な位置に置かれない。こういった不思議空間は調整屋と相性が良い。

苔:それで言うと、いろはが調整屋で目を覚ますシーンが面白いですね。

あにもに:あ、ありましたね。主観ショットから入るシーンですね。

苔:まずいろはの主観視点で天井の照明が映り込んでくる。ここは構造的に非現実的というかセオリー的ではない撮影の表現で、理論的ではないアニメ表現を果敢に入れてくるというところが大谷さんらしいところだと思います。今のシャフトの演出家だとアニメ演出のウソをこうも大胆に使うのは大谷さん以外あまりいないという印象です。

あにもに:たしかにここのショットは凝っていますね。あとやはりアップの表現にこだわりを感じます。この次の3話で岡田さんが2話のイメージを拾っていて、クライマックスで面白い演出をしているのですが……すみません、ちょっと話が脱線しかけました。いずれにせよ、全体的にこの2話は物語が動き出す前のフックとして、演出が上手く機能しているなと思いました。

【おわりに】

あにもに:大谷さん演出で観てみたい作品などありますか?

苔:『美少年探偵団』や『クビシメロマンチスト』などです。あるいは『The Soul Taker 〜魂狩〜』のリメイクなども観てみたいです。

あにもに:西尾維新系ですね。『The Soul Taker 〜魂狩〜』のリメイクはちょっと実現可能性が低そうですが(笑)。そういえば『プリズムナナ』で監督を担当するという話もありました。まあ、『プリズムナナ』はとりあえず良いので、自分は『マギアレコード』でディレクターをやって欲しいです。

苔:3月のライオン』はシャフトの原作付き作品の中では比較的制約が多い方だったので、オリジナルアニメとも言える『マギアレコード』は良さそうですね。

あにもに:あとは佐伯昭志監督の『アサルトリリィ BOUQUET』や『連盟空軍航空魔法音楽隊 ルミナスウィッチーズ』とかでしょうか。最近シャフトは新房監督のラインとは別で、オリジナル企画を作っていこうという方向性があるようですが。

苔:メディアミックスというか。〈物語〉シリーズもまだ今後あるかもしれませんしね。

あにもに:忍物語』とかも観てみたいですね。本日はありがとうございました。

  

『もにラジ』の過去回は下記リンクにまとまっています。